あなたは食べる?鯨を食べる”意味”を考えた。

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管理人NORI

どうも管理人のNORIです

いきなりですが、あなたはクジラ肉を食べたことはありますか?

おそらく、私と同年代の人はクジラを食べたことはない人がほとんどだと思います。

そして、もしかしたらクジラを食べることについて「信じられない」「気持ち悪い」という感想をお持ちの人も多いと思います。

管理人はクジラ肉好き

私はクジラ肉は大好きです。

私の地元では、正月を迎える際に「クジラ汁」という郷土料理があります。

正月の際は必ずクジラ汁を作ってとせがみます笑

塩クジラを使っており、醤油ベースの汁に山菜を入れた汁料理ですが絶品です。

世界では捕鯨に反対する国が多い。

しかし、世界にはそんなクジラを食べる日本人をよく思っていない人が多く、捕鯨問題は国際的な論争にもなっています。

昨年2018年には、日本は国際捕鯨委員会(IWC)から脱退をしました。

 

今日はクジラを食べることについて文化、環境問題、食糧問題から考えてみたいと思います。

クジラを食べることがなぜ問題に

クジラを食べることがなぜ世界的な問題になるのか?

なぜ対立が起きるのでしょうか?

 

簡潔に言えばクジラがパンダや象と同じくアイコン的な動物の象徴として位置付けている人たち日本のように

有史以来の文化だからという人たちの文化的対立だという事です。

世界の様々な食文化

世界には様々な食文化があります。

 

例えば日本では愛玩動物として絶大な人気を誇る「犬」

この犬もお隣の韓国や中国では今なお食べられているし、愛犬家や動物愛護の方からは野蛮だと思われている文化です。

かつてプレミアリーグに所属していた韓国のパクチソン選手がチャントで犬肉を食べる事を揶揄されるという事がありました。

このように、自分の国では普通の習慣でも国が違えば受け入れらえない食文化は多くあります。

犬だけではなく、世界には馬、昆虫、など様々な動物を食べる文化があります。

このように考えると捕鯨に反対する人、犬肉に反対する人は結局は視野の狭窄で相手国の文化を理解できないというだけではないかと思います。

反対する人は、勝手に自分たちで食のタブーを引くのです。

その動物を食べる国を非難し認めないという考えが今回の不毛な対立の根幹だと思います。

食べていい動物の基準は?

捕鯨賛成派からは、「牛を大量に飼育し育てて食べることこそ野蛮なのではないか?」という意見がよく聞かれます。

私も同感します。

牛とクジラ、同じ哺乳類で境はないはずです。

 

牛は絶滅はしないが、クジラは絶滅の可能性がある。

クジラやイルカは人間に近い高度な知性を持つ動物だから食べてはいけないという意見は主に反対の人からでますよね。

しかし、私は、人間は命あるものを殺して生きていかないといけないので人間以外の動物であれば食べても仕方がないという意見です。

味はともかく絶滅の危険に晒されている動物はある一定数は保護をして、大量に生息している動物、昆虫などは忌避すべきものではないと考えます。

クジラは絶滅の心配があるのか?

鯨は絶滅する可能性があるから食べてはいけない!という人もいると思います。

しかし、結論から言えば種類により資源量は大きく異なっています。

鯨は様々な種類が存在

クジラには様々な種類がおり、83種類のクジラがいるとされています。

クジラの種類によって資源量は異なりシロナガスクジラやセミクジラなどは資源量が低いとされています。。

一方でミンククジラやイワシクジラ、ナガスクジラなど頭数が増加しているのです。

私は種類により柔軟に保護、捕獲をするべきだと考えます。

国際条約を守るべきという意見

国際条約を守るべきといういう意見もありますが、前述したようにクジラ文化を認めない全てのクジラを食べることに批判的な団体や国家もあります。

その枠組みの中で、日本の文化を守りつつかつ資源を守っていくという今の姿勢は正しいと考えます。

生物の多様性を守りつつその国の文化を尊重する姿勢が大事だと思います。

食文化は時代により変わる

食文化というのは時代や文化により変容をしていきます。

例を挙げます。

うさぎ

日本人の誰もが知っている「ふるさと」という歌がありますが、歌の出だしをご存知ですか?

うさぎ追いしかの山」大正時代に作られたこの唄は日本人のふるさとの情景をを歌ったものですが、これは兎狩りをする情景なのです。

兎は勿論、食べていました。

しかし、この文化も日本の一部地域を残して衰退してしまいました。

兎狩りは今ではほとんど消えかけています。

それとは反対にここ1世紀の間で日本人に広まった食肉文化が牛肉です。

牛肉

江戸時代では禁止されていた牛肉を食する文化も、明治時代に入り牛鍋が流行したこともあり日本で爆発的に普及しました。

今日本では、牛肉をまったく食べないという人は、ヴィーガンやベジタリアンを除いて少数ではないでしょうか。

そう考えるとクジラ肉はどうでしょうか?

戦後の食糧難の時代には安価な大量で手に入るクジラ肉は貴重な蛋白質の補給源として重宝されました。

今、飽食の時代に必要でしょうか。

私は必要だと考えます。

飽食の時代に鯨を食べる意味

理由として、日本では豊かな時代が続き人々は世界の食糧援助より多い量を食料廃棄しています。

今後もそういった時代が続くとは思えないです。

世界的に人口が爆発する中、今後食料の確保は課題といえます

 

日本も今後食料難に直面する時代が来ないとは言えません。

 

その時のためにも、私は様々な食文化を残していくべきだと思います。

食べる有難みを感じ食料廃棄を失くそう。

私は、食のタブーは基本的には人間と動物の間で引くのが望ましいと思います。

そのような文化の最低限ラインを人肉食(カニバリズム)と位置付けて、もしほかの国では見られない食文化を保有する国がいたとしても可能な限り尊重をしていかないといけないと思います。

感謝をしていただく

繰り返しになりますが、人間は基本的に太古の昔から動物の肉を食らい生きてきました。

そして、国や民族により食べる肉が違うという文化の差異を作ってきたのです。

可能な限り、相手国の食文化を理解し他人に自分の考えを押し付けず尊重する姿勢が大事だと思います。

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管理人NORI

いかがでしょうか。

私たちは1日1日命を頂いて生きながらえています。

今食卓に上る肉や魚、野菜だって元は生きていたものを殺して

食べるのです。食はその国の文化と形容されることがありますが

日本のように森羅万象に神が宿ると考え、鯨塚などを建立して命を慈しむ文化を持った国はないと考えます。

その日本でも普段何気なく行くコンビニやスーパーでは多くの食品が廃棄されている現状があります。

そのことも伝えていきたいと思います。

この問題を他人と考えたと思った方は、ブログのシェアをよろしくお願いいたします。

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